千葉地方裁判所 昭和47年(ワ)694号 判決 1981年3月25日
原告 鈴木宣三
被告 国
代理人 春田一郎 大池忠夫 ほか三名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実<省略>
理由
一 原告がもと本件農地をいずれも所有していたことは当事者間に争いがない。被告は被告の抗弁1項において、昭和二二年一二月二日ころになされた自創法に基づく買収処分により被告が本件農地の所有権を取得した旨主張するが、本件全証拠によるも右主張事実を認めるに足りない。すなわち、被告の右主張は、後記の原告主張にかかる買収令書の訂正再交付が、「重複買収」を理由とする誤買収であることを前提とするもののようであるが、後述するとおり買収令書の訂正再交付の理由が「重複買収」であると断定することができないばかりでなく、被告が主張する昭和二二年一二月二日ころ原告に買収令書が交付されたとの事実は勿論、本件農地に対する同時期における自創法六条所定の買収計画の樹立、同計画の公告、書類の縦覧等の各事実も一切これを認めるに足りる証拠がなく、結局、被告の右主張は立証が十分でないものとして排斥を免れない。
二 請求原因2項の(一)ないし(三)の各事実(買収令書の交付、その訂正再交付及び本件売渡処分)はいずれも当事者間に争いがなく、右事実と<証拠略>を総合すれば、原告は昭和二三年一二月に買収の時期を同年一〇月二日と定める前記の買収令書を千葉県知事から交付されたが、右令書につき、千葉市農地委員会に対し、誤りがあるのではないかと申出たところ、同委員会は右申出を検討するとして、原告から右令書を預かつたこと、その後、昭和二四年四月三〇日に開催された同委員会において同委員会が従前自創法に基づき樹立した買収及び売渡の時期を昭和二三年一〇月二日と定める農地の買収並びに売渡計画につき、その計画の一部を重複買収もしくは自作地等の買収による誤買収であることを理由に取消す旨の議案が提出され、同日同委員会において右議案が承認議決されたが、本件農地はいずれも右議案により買収及び売渡計画が取消される農地の中に含まれていたこと、そして、右計画取消の承認議決に基づき、前記のとおり昭和二四年五月一五日に改めて千葉県知事から原告に対し、買収令書が訂正再交付されたこと、ところで、右の当初の買収令書の交付からその訂正再交付の間に、本件農地につき、売渡の時期を昭和二三年一〇月二日と定める自創法一六条に基づく同年一二月三一日付売渡通知書が千葉県知事から耕作者である亡兼平に交付されて本件売渡処分がなされ、亡兼平は昭和二四年三月一四日に右通知書に定める本件農地の売渡対価を完済し引続き耕作していたことが認められる(もつとも、<証拠略>によれば、本件農地のうち千葉県千葉市蘇我町一丁目四七七番((以下、同所の土地は地番のみで表示する))田四畝二八歩((<証拠略>には田三畝一八歩とあるが単なる誤記と認められる))は一筆全部が亡兼平に売渡されたものではなく、そのうちの一部である三畝のみが売渡されたものであることが認められるが、本訴当事者間では一筆全部が売渡されたものとして争いがない。)。右の事実のうち、千葉県農地委員会が買収令書を預かつた措置自体は、自創法に定める異議申立及びその受理と解するのは相当でなく、右の措置はあくまでも事実上の処理に過ぎないものと解されるから、その時点では原告に対する買収処分は勿論、本件売渡処分も何等の影響もうけなかつたものと解される。しかし、その後、昭和二四年四月三〇日同委員会が本件農地につき先に樹立した右買収計画及び売渡計画を取消す旨の決議をなし、千葉県知事がこれに基づき所定手続を経たうえ、昭和二四年五月一五日原告に対し、昭和二三年一二月ころ交付の前記買収令書を訂正再交付した措置により、買収計画の取消を告知するとともに、先になされた買収処分を取消す旨の処分をなしたものと解するのが相当である。
ところで、本件のように売渡処分がなされた後に、行政庁が右処分に先行する買収計画、買収処分、売渡計画等の処分の取消をなし得るか否かは一概に論じ得ないところであり、その取消理由(例えば、重複買収、自作地に対する誤買収等であれば取消を認める余地もある)、代金の支払、登記手続等の売渡手続の進行状況、買受人による耕作継続の有無等によりその可否を決するほかない。本件においては、買受人に対する登記手続は未了であるが、買受人は代金を完済し、耕作を続けていたことは既に述べたとおりである。しかし、<証拠略>によれば、前認定の昭和二四年四月三〇日に開催された千葉市農地委員会において、買収計画、売渡計画取消の決議がなされるに際し、取消事由が大部分は「重複買収」である旨事務当局から説明がなされ、出席委員もこれを了承したことが認められるが、同時に<証拠略>によれば、当日同委員会において買収計画、売渡計画が取消された農地は本件農地を含め全部で五七筆に及びその所有者も原告ほか一九名であるところ、取消事由は「重複買収」を理由とするものが大部分ではあるが、そのほか「自作地等を買収した」ものもあつた旨事務当局から説明があり、出席委員がこれを了承した経過も認められる。かように、<証拠略>によつては、本件農地の取消事由がいかなる理由によるものか断定することはできず、そのほか本件全証拠によるも、本件農地の右取消事由を明らかにしえない。
本件の場合売渡処分に先行する前記各処分の取消が許されないとすれば、本件売渡処分は適法有効であることになるから、原告は本件農地につき所有権を主張し、その喪失による損害賠償を請求し得ないことは明らかである。しかしながら、取消事由が明らかでないからといつてそのことだけで右各処分の取消の効力を否定し得るものかどうかも疑わしく、むしろ、買収処分の取消は行政庁である知事が、買収計画、売渡計画の取消も行政庁である千葉市農地委員会がいずれもその正当な権限に基づいてなした行政処分であるから、これがさらに取消されるとか、あるいは、争訟手続によりその効力が否定されるといつたことがない以上、少なくとも原、被告間においては、これを一応有効(すなわち、本件売渡処分が違法無効)なものと解するのが相当である。以下この前提のもとに論を進める。
三 請求原因2項の(四)の事実(高石ひでらの取得時効による本件農地の所有権取得を請求原因とする本件農地に対する所有権移転登記手続請求訴訟の提起並びに同訴訟が高石ひでらの勝訴、すなわち被告である原告敗訴の判決が確定して終了し、原告が本件農地の所有権を確定的に喪失したこと)はすべて当事者間に争いがないところ、原告は被告の機関である千葉市農地委員会等が違法無効となつた本件売渡処分を取消すなどの措置をとらず故意または過失でこれを放置していた不作為の違法行為の結果、原告が本件農地の所有権を喪失したものである旨主張し、一方、被告は本件売渡処分と原告が本件農地の所有権を喪失したこととの間には相当因果関係がない旨主張するので、以下にこの点について検討する。
本件売渡処分が存在しなければ、高石ひでらが前記の訴訟を提起することもなく、従つて、原告が敗訴判決により本件農地の所有権を確定的に喪失することもなかつたわけであるから、かかる意味においては、本件売渡処分の存在及びその放置と原告の本件農地の所有権喪失との間には条件と結果の関係、すなわち自然的な因果関係があることは否定できないが、さらにすすんでいわゆる相当因果関係があるといえるか否かは自ずから別途の考察を要するものと解せられる。
しかるところ、前記の争いのない事実並びに<証拠略>を総合すると、前認定の昭和二三年一二月に千葉県知事から原告に買収令書が交付され被告が当初買収した原告所有の土地は本件農地を含め全部で約一一八筆、その面積は田畑合わせて約六町五反五畝であつたこと、そして、そのうちの二三筆が前認定の昭和二四年四月三〇日開催の千葉市農地委員会で買収計画が取消され、同年五月二五日にその旨原告に告知されたこと、ところで、亡兼平は右買収計画取消前に前認定のとおり被告から本件農地の売渡をうけているものであるが、前述の当初原告が買収された農地のうち、亡兼平が売渡をうけた農地は本件農地三筆のほか四七九番田二畝二七歩、四七六番田四畝二三歩、四五三番田一畝一六歩、四七五番一田一二歩、四七三番田二七歩、六〇八番田九畝四歩、五〇〇番一田九畝一四歩のうちの二畝二七歩、五〇〇番二田五畝及び四七二番田二九歩の合計一二筆であつたが、そのうち四五三番、六〇八番、五〇〇番一及び二の四筆を除いたその余の八筆につき前認定の昭和二四年四月三〇日開催の千葉市農地委員会において買収計画、売渡計画取消の議案が承認議決されたこと、そして、昭和四四年に至つて亡兼平の相続人である高石ひでらが「本件農地及び四七六番、四七三番、四七二番の合わせて六筆の各土地について、亡兼平が右各土地を原告から小作していたところ、昭和二四年一月五日ころ千葉県知事から自創法一六条に基づく売渡通知書の交付をうけてその所有権を取得した、仮に右主張が理由がないとしても、右売渡通知書の交付をうけた後、亡兼平及び高石ひでらは右各土地を所有の意思をもつて、平穏かつ公然に占有してきたところ、占有の始め善意、無過失であつたから、一〇年を経過したことにより取得時効によりその所有権を取得したものである。」との主張を請求原因として、原告に対し右各土地につき所有権移転登記手続を求める訴を千葉簡易裁判所に提起し、同訴訟は千葉地方裁判所に移送され、同裁判所昭和四四年(ワ)第四五〇号土地所有権移転登記手続請求事件として係属したこと(なお、本件農地のうちの四七七番田四畝二八歩については、前認定のとおり亡兼平が売渡をうけたのはそのうちの三畝であるが、右訴訟においても、本訴同様一筆の土地全部が訴の対象とされている)、また、高石ひでらは四七五番一及び四七九番の各土地について、「右各土地も右と同様に自創法一六条に基づき売渡をうけて亡兼平が所有権を取得したものであるが、原告は亡兼平に所有権が移転していることを知悉しておりながら、自己が所有名義を有していることを奇貨として、昭和三八年二月一五日ころ訴外西口喜一に対して二重譲渡し、同月一九日交換を原因とする所有権移転登記を経由してしまつたので、原告は高石ひでらに対し右各土地の時価相当の損害金を支払う義務がある。」との主張を請求原因として、原告に対し損害金四九五万円の支払いを求める訴を千葉地方裁判所に提起し、同訴訟は同裁判所昭和四五年(ワ)第四三五号損害賠償請求事件として係属したこと、そこで、原告は右各訴訟事件の被告として、当初は亡兼平に対する本件農地等の売渡しの事実、本件農地等についての亡兼平による自主占有その他取得時効完成に必要な要件の存在等の高石ひでらの主張事実を否認し、あるいは亡兼平への売渡処分が違法無効なものであるとしてその効力を争い、一方で昭和四七年一二月四日国に対し本件訴訟を提起したが(本訴も当初は高石ひでらの右の訴訟提起に対応して、本件農地及び四七六番、四七三番、四七二番の合わせて六筆の土地につき、将来、その所有権を失つた場合、被告国に損害賠償を求めるというものであつた)、原告と高石ひでら間の右各訴訟事件はいずれも人証の取調べにまで入らないまま、昭和四八年九月一九日に至り高石ひでらにおいて昭和四五年(ワ)第四三五号損害賠償請求事件の訴全部及び昭和四四年(ワ)第四五〇号土地所有権移転登記手続請求事件のうち四七六番、四七三番及び四七二番の三筆合計田六畝一九歩に対する各訴を取下げるとともに、残りの本件農地三筆田畑合計一反については、その請求原因を一〇年の短期取得時効の完成による所有権取得の主張事実のみに限定してその余の主張事実を撤回したこと、これに対して原告は訴の取下げにいずれも同意し、また、本件農地についても、従前争つていた主張をすべて撤回し、高石ひでらの請求原因事実である亡兼平による本件農地に対する自主占有その他一〇年の短期取得時効完成のために必要な要件の存在を認めたこと、その結果、取得時効に関する請求原因事実は当事者間に争いがないものとして、証拠によることなく本件農地はいずれも高石ひでらが所有権を取得したものとして、前記のとおり被告である原告敗訴の判決が言渡され、原告の控訴がないまま右判決が確定したこと、その後、本訴の損害賠償請求等も原告において本件農地を除くその余の三筆の土地に関する請求部分をすべて減縮したこと、以上のとおり認めることができ、これが認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、たしかに、法形式上は短期取得時効の主張を請求原因事実とする高石ひでらの請求を認容する判決が確定したことにより原告が本件農地の所有権を喪失したものとみざるを得ない。しかし、それはあくまでも確定判決の形式をかりたものに過ぎず、その実質は原告と高石ひでらとの間の合意に基づき、高石ひでらが本件農地三筆田畑合計一反の所有権を取得し、一方、原告がその余の五筆合計田八畝の所有権を確保することで当事者間の紛争を自主的に解決したものと解するのが相当である。すなわち、原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和二三年以前から本件農地を亡兼平に小作させていたところ、亡兼平は昭和三一年ころまで原告に右土地の地代を支払つていたが、昭和三二年ころ原告の母といさかいをし、それ以後地代を支払わないようになつたことが認められ、右事実によると、果して亡兼平及び高石ひでらが本件農地ほか三筆を取得時効の要件である所有の意思をもつて占有していたか否かは甚だ疑わしく、昭和四四年(ワ)第四五〇号事件において、当初原告が主張したように原告において、この点を争い、右訴訟を勝訴に導く可能性が十分存したものといい得るのであり、他方、高石ひでらとしても、先にも説示したとおり前認定の千葉市農地委員会による本件農地ほかの五筆の買収計画、売渡計画の取消処分もその取消事由が明らかにされないところから、すでに一旦なされた本件売渡処分に対する関係で右計画取消処分の効力を争う余地が全くなかつたとはいい得ないのである。それにもかかわらず、昭和四四年(ワ)第四五〇号、昭和四五年(ワ)第四三五号事件につき、原告と高石ひでらが前記のような形でこれに結着をつけたことは、右両名らがこれらの問題を訴訟を通じて明らかにすることなく、これを不問に付したまま、係争物件の所有権を分配することにより、長期にわたる抗争により予想される諸経費の支出、敗訴の場合に蒙るべき負担等を回避し、むしろ、それら損害発生の結果を両者において分担する早期解決の方法を選んだものと解するのが相当であり、そうだとすれば、原告が本件農地の所有権を喪失したのは右に述べたような原告と高石ひでら間の自主的な紛争解決の合意によつてもたらされたものと解するのが相当である。従つて、本件売渡処分ないしその放置はその一条件ではあつても、原告の所有権喪失との間に相当因果関係が存在するとまで解することは相当でない。原告が高石ひでら間の合意によつて失つた本件農地につき、本訴によつてさらに被告からその損害を填補できるとするならば、高石ひでらとの権衡上からも妥当といえず、このことからも右の結論は肯認し得るものと解せられる。
以上によれば、原告の国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求は当事者双方のその余の主張を判断するまでもなく失当として棄却を免れない。
四 次に原告の予備的請求原因について判断するに、すでに述べてきたとおり原告が本件農地の所有権を喪失したのは、原告の自主的な意思に基づくものであるところ、これと前提を異にする原告の予備的請求原因は失当として排斥を免れない。
五 以上の次第で原告の本訴請求はいずれも理由がないことに帰するので、これをいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松野嘉貞 東原清彦 片野好悟)
物件目録 <略>